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相馬藩家老脇本喜兵衛の壮烈な最期

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相馬藩の家老脇本喜兵衛が、戊辰戦争で天晴れな最期を遂げたのが、1868年(慶應4年)8月1日の事でした。

今の福島県双葉郡浪江町付近で、奥羽征討軍と相馬藩兵との一戦は、衆寡敵せず藩兵の総崩れとなったが、殿軍を引受けて頑強に抗戦した勇猛な一隊があったが、いつの間にか包囲隊に囲まれて虜となってしまいます。

「敵ながら天晴れな勇士兵だ、我らの軍門に降って帰順を誓ったらどうだ。」

と勧められたが、脇本は強く首を振って

「藩主に忠節を誓って最期を全うするのが我らの本分だ」

と、遂に曳かれて首の座に直ります。

介錯役のの白刃一閃、手許が狂ったのか、首は落ちずに片腕を斬落したのでした。

脇本は顔色さえ変えず

「斬味の悪い鈍刀だ、俺の刀を貸してやるから、これで斬ってみろ」

と豪語しながら、高瀬川の河畔に不屈の武名を遺して、27歳を一期に散って行ったのでした。

その片腕というのが、福島県双葉郡幾世橋村の大聖寺に埋葬されています。

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