- 2009年8月 5日 21:56
- 1882年(明治15年)

池田牛歩画「戒厳令」
1882年(明治15年)8月5日、戒厳に関する法令が元老院の審議を経て太政官布告第36号を以て公布されました。
「戦時若クハ事変ニ際シ、兵備ヲ以テ、全国若クハ一地方ヲ警備スル」というもので、警戒される地域は戒厳地域と称し、その地域内に於て司令官は次の諸件を執行する権利を有します。
- 集会若しくは新聞・雑誌・広告等の時勢に妨害ありと認めるものを停止する
- 軍需に供すべき民有の緒物品を調査し又は時機に依りその輸出を禁止する
- 郵信・電報を開封し、出入の船舶及び緒物件を検査し、並に陸海通路を停止する
- 戦状に依り已むを得ざる場合、人民の動産・不動産を破壊たん焼する
等で、有事の際に国民の気持ちを一つにまとめるとともに、軍事機密が洩れるのを防ぐことを意図していますが、戒厳の執行によりて蒙りたる損害は要償することができないことになっています。
大日本帝国憲法では、戒厳の宣告は天皇の大権とされ(第14条)、形式は勅令で定められ、日清戦争、日比谷焼打事件、関東大震災、ニ・二六事件などに際し地域を限定して実施されました。
しかし、第二次大戦の敗戦により失効し、日本国憲法には戒厳の規定は廃除されました。



