- 2009年8月21日 00:01
- 1877年(明治10年) | 聖徳記念絵画館

聖徳記念絵画館 壁画「内国勧業博覧会行幸啓」
結城素明 筆
侯爵 大久保利和 奉納
1877年(明治10年)8月21日
東京上野公園美術館
1877年(明治10年)8月21日、東京市上野公園に於て、第一回勧業博覧会が催されました。日本における博覧会の初めとなります。
殖産興業を掲げる内務卿・大久保利通の提言により、その準備は遠く1872年(明治5年)より着手して、同年博覧会事務局を設け、1875年(明治8年)事務局を博物館と改称して内務省の管轄とします。
1876年(明治9年)7月に至り、翌年に第一回内国勧業博覧会を開催することを公示し、各府県に事務担当官を置いて出品を勧誘し、かくて準備が整い、1877年(明治10年)8月21日、明治天皇・同皇后両陛下の親臨を仰いで開場式を挙げたのでした。
出品数約3万点、諸設備中最も風致を添えたのが、東京府出品の便殿・大徳寺の六窓庵を模した茶屋、開拓使出品の五稜の亭などであったと云います。
博覧会は11月30日までの102日間の会期中、約45万人の人が観覧したのでした。その賑わいの一方で、九州では西郷隆盛ら鹿児島県士族による最大にして最後の士族反乱である西南戦争が起っていたのでした。
これを第一回として以後5年毎に1度づつ内国勧業博覧会を開催することになります。
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