- 2009年8月23日 22:36
- 1865年(慶応元年)
幕府からロシアへ留学生として、山内作左衛門の一行6名が命ぜられ長崎を出帆したのが1865年(慶應元年)8月23日の事でした。
この計画はロシアの函館領事ゴスケウイッチが、幕府へ献策したのが許された結果で、当時山内は最年長で30歳、他の5人は14、5歳の少年でした。
6ヶ月半の長い日数を要して、翌年2月16日、漸く露都セント・ピータースブルグに到着、6名は同地の専門学校に入学して研究した当時の記録は、山内著の「魯国行」に記されています。
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