- 2009年10月 5日 00:07
- 明治の城址
岡山城は1570年(元亀元年)から宇喜多直家の居城で、1590年(天正18年)宇喜多秀家が山陽道を城下にとりこみ、旭川の河道をつけかえるなどの大改修を行いました。
1600年(慶長5年)の関ヶ原以後、小早川秀秋が武家屋敷を囲む三の丸の堀を築き、1603年に池田忠継が西丸を拡張します。1632年(寛永9年)鳥取城主池田光政が国替で入城し、幕末まで続きます。
城は旭川の河畔に築かれ、天守閣は三層六階で一階は不等辺五角形の平面をもちます。
1945年(昭和20年)の空襲で焼失し、現在殿主丸・本丸と、1686年(貞享3年)に造られた藩主の庭園後楽園が残りますが、1966年(昭和41年)に天守閣が再建されました。
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