- 2009年10月13日 23:17
- 明治の城址
若松城は福島県会津若松市にあった平山城で、会津藩の中心の城館で、別名「鶴ヶ城」ともいい、幕府に対しては「会津城」と公称していました。
中世には蘆名(あしな)氏の本拠の黒川(小田垣)城があった場所とされ、1592年(文禄元年)蒲生氏郷が本格的に改修し、若松城の基礎をなします。江戸時代は松平(保科)氏の居城となります。
東山渓谷から流れ出す湯川が形成する扇状地上の微高地に築かれ、東側にむかって堀で区画された二の丸・三の丸を配し、本丸の北と西には馬出しの機能をもつ北出丸・西出丸をおき、さらにこれらを囲むように外郭を巡らします。北と西の出丸は織豊系の城館によくみられる縄張で、折邪(おりひずみ)のある石垣を用いた枡形虎口が設けられるなど、近世初頭の築城技術をよく示しています。
戊辰戦争で新政府軍の猛攻をうけ、1874年(明治7年)に解体されます。
1965年(昭和40年)天守閣などを再建されました。
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