- 2009年12月15日 22:28
- 1855年(安政2年)
1855年(安政2年)12月15日、吉田松陰は1年数ヶ月振りに野山の獄を出されます。
出獄を許されても未だ自由の身ではなく謹慎を命じられて、家に引篭もっていなければなりませんでした。その前年の春、海外密航を企てたのが祟ったので、やむなく蟄居中は読書三昧に耽っていました。
そして翌々17日から、近親縁者二、三人の者を集めて読書を教えたのが、吉田松陰に依る松下村塾の初まりとなります。
もっとも表向きに届出た松下村塾の開講は、その翌年の8月22日となっており、『凡そ人として生まれし者、禽獣と異る所以を知るべし』という標語の下に、松蔭の学徳に教化された人々は少なくありませんでしたが、その中でも高杉晋作、久坂玄瑞、尾寺新之亟、品川弥二郎、伊藤博文等の大人材が輩出されました。
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