Home > 1855年(安政2年) > 吉田松陰の出獄

吉田松陰の出獄

Social Bookmarks: このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Yahoo!ブックマークへ追加 add to del.icio.us Buzzurlへ追加 livedoorクリップへ追加 ニフティクリップへ追加

吉田松陰
吉田松陰

1855年(安政2年)12月15日、吉田松陰は1年数ヶ月振りに野山の獄を出されます。

出獄を許されても未だ自由の身ではなく謹慎を命じられて、家に引篭もっていなければなりませんでした。その前年の春、海外密航を企てたのが祟ったので、やむなく蟄居中は読書三昧に耽っていました。

そして翌々17日から、近親縁者二、三人の者を集めて読書を教えたのが、吉田松陰に依る松下村塾の初まりとなります。

もっとも表向きに届出た松下村塾の開講は、その翌年の8月22日となっており、『凡そ人として生まれし者、禽獣と異る所以を知るべし』という標語の下に、松蔭の学徳に教化された人々は少なくありませんでしたが、その中でも高杉晋作、久坂玄瑞、尾寺新之亟、品川弥二郎、伊藤博文等の大人材が輩出されました。

拍手する

にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ にほんブログ村 歴史ブログ 近代・現代史(日本史)へ 人気ブログランキングへ

関連エントリー


Comments:0

Comment Form

Home > 1855年(安政2年) > 吉田松陰の出獄

Twitter

坂の上の雲 on Twitter

坂の上の雲 on Twitter

Information
Books

「明治」という国家

Calendar
« 2009年12月 »
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
Search
Photos
Tag Cloud
Links
Feeds
Blog Parts

あわせて読みたいブログパーツ

Return to page top