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幕府の反対を押切って京都に親兵隊を設置

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1863年(文久3年)3月19日、後の近衛兵の前身となる親兵が設置されます。

幕末の勤王党が天下の兵権を朝廷に囘し奉ろうとした第一着手の運動として、先づ京都に親兵を設けようとしたのは1863年(文久3年)の春に始まります。長州土佐の両藩が最も熱心にこれを説きます。

そこで朝廷でも在京諸藩の有力者と寄り寄り協議されるようになったので、江戸幕府では慌て出して、何かと反対運動を行います。

けれども兵権の回復こそ王政復古の第一歩であるという長州土佐の主張は日に日に熱を加え、2月28日には親兵貢献の願書を朝廷に捧呈するに至ります。

それに依りますと、毛利氏の禄高37万石に対して37人、即ち1万石に1人の割合で精鋭の士を選抜し、その手当をも併せ献上したいという願書でありました。

かくて3月19日には三条公を総裁とする親兵設置の御裁可を仰いだのでありますが、当時の名称は御守護隊と呼ばれ、健康、行状、武勇共に勝れたものが任ぜられ、任期は毎年交代と定められます。

実に吉野朝の尊王軍以来約500年、武家が兵権を掌握した時代はここに漸く崩壊の第一段階に入ったのでした。

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