- 2010年3月20日 00:07
- 1873年(明治6年)
1871年(明治4年)8月9日、庶民の旧習を改めて散髪を許すという布令が太政官より下されました。
地方民は勿論、東京の都人でも急に丁髷を切るのを嫌がって、長い間の伝統に恋々たるものがありました。この時に当り明治天皇は庶民に範を示す意味で、頭髪を切ったというのが1873年(明治6年)3月20日の事でした。
恰も同年3月3日には、皇后も鉄漿(かね)を剥ぎ、黛(まゆずみ)を落として旧来の風習を改めていました。
その頃まで一般民間に於ても、一旦夫に嫁した婦人は歯を黒く染める鉄漿の風習があり、貴族或は上流婦人の間には黛、即ち眉を剃った上を墨で書く風習があり、実に長い間の化粧法だったのでした。
- Newer: 勤王の志士、将軍家茂の東帰を牽制
- Older: 幕府の反対を押切って京都に親兵隊を設置




