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幕府の遣米使節、ワシントンにて大統領と会見

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遣米使節一行
遣米使節一行(前列左から村垣範正、新見正興、小栗忠順)

江戸幕府の遣米使節が日米修好条約交換のため、目指すワシントンにて大統領ブカナンと正式の会見をしたのが、1860年(万延元年)閏3月28日の事でした。

同年正月22日、日本を発して太平洋横断の壮途に上った使節の一行は、途中ハワイに奇行して3月1日にサンフランシスコ着、閏3月5日にパナマ着、同20日にニューヨーク着、28日には正使の新見豊前守正興、副使村垣淡路守憲正、監察役小栗豊後守忠順等の一行70数名が、威儀を整え行列を正してホワイトハウスを訪ねます。

一行の服装は、狩衣に鳥帽子、鞘巻の太刀或は素袍(すおう)麻上下という盛装に、槍持、長持舁(かつぎ)、草履取等の供を連れて、ワシントンの町を進んだものだから、その沿道には日本のサムライ見物の客で人山を築いたと云います。

その時分既にワシントンには新聞報道のための写真班がいて一行を撮影したものである。文化の程度は日本の比で無かったのは勿論、見るもの接するもの殆んど全てが驚異せざるもの無しという状態でありました。

使節日記の一節に依りますと、会見当時の模様は、

「大統領は七十有余の老翁、白髪穏和にして威厳あり。されど商人も同じく黒羅紗(ラシャ)の筒袖、股引に何の飾りもなく、太刀も無し。高官の人々とても文官は皆同じ。かかる席に婦人数多装いて出づるも奇なり」

とはいかにも当時の日本人らしい観察でした。

かくて正式にアメリカとの批准交換を行ったのは、それから5日目の4月3日の事でした。

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