- 2010年3月31日 00:13
- 1906年(明治39年)
1906年(明治39年)3月31日、鉄道国有法が法律第17条を以て公布されました。
原案では32社を買収して、国有とする事になってはいましたが、討議の結果主要幹線に当る17社2,813マイルが買収されることになっていた。
各鉄道会社では同案に対して、極力議会に於て反対しますが、日露戦争中に出征軍人や軍用貨物の鉄道運輸上、頗る円滑を欠いた苦い経験があったこともあり、政府は是非とも国策上国家の直営とすべきだと主張します。
同年3月6日の議会以来、時の首相西園寺公望は、我が鉄道が国営に統一されていない為に起る各種の支障を列挙して、大いに世論を喚起します。
軍事上は勿論、産業上の物資なり、一般旅客の運輸に於ても、国営と民営の連絡上止むを得ず、遅滞を来し円滑を欠いたので、かくて30数社の民営社側の強硬な反対も押切り、遂に国営法が公布されたのでした。
政府の財政上俄かに全会社を買収する事もできなかったので、翌年となって大体特殊会社を除く幹線だけは、殆んど国営とすることができました。
以来、鉄道事務は厳正を極め、列車の発着の遅れは減り、運賃も統一されるに至ったのでした。
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