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嘉永七年の京都の大火

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阿部正弘
阿部正弘

1854年(嘉永7年)4月6日、京都で大火が起り皇居が炎上します。

火災の原因は、京都御所内の孝順院の傍らで、梅の木に集まった毛虫を焼いていると、不慮にも火は湯殿に燃え移り、折から吹募った強風のため、あれよあれよという間に御所内に燃え広がったのでした。

幸いにも孝明天皇は、御台所御門から羽車を出して難を避け為に支障なくて済みましたが、猛火は内裏を焼き尽くし、広く民家にも延焼、京都の半ばを焦土と化したのでした。

その被害は神社仏閣だけでも24ヶ所、官人武家屋敷265、町数190中、一般民家が5,078戸の被害を蒙った。

時の老中阿部正弘は、直ちに皇居御造営の総奉行を拝命して、古式の宮廷建築を取調べた上、御所の尊厳に大いに留意してやがて目出度く竣工したのが、安政2年11月で、同月23日には、孝明天皇の還幸を仰いでいる。

現在の京都の御所、清涼殿、紫辰殿等は嘉永7年の大火以来の建築となり、今も尚、老中阿部の至誠が王事尊崇が回顧できます。

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