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東京駒場の調練場で、在京常備兵による初の天覧演習

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1870年(明治3年)4月17日、明治天皇は、駒場野(現在の東京大学のある処)に於て、親兵諸隊並びに在京諸藩の兵で臨時編成した連合兵団1万8千余の演武を観覧された。

直衣、紅袴の正装で、愛馬に乗られ進み、右大臣三条実美、大納言徳大寺実則を始め、諸員の多くは直垂に威儀を正して供奉申上げ、力士玉垣額之助以下9人の力士が、天皇旗を捧持し、また大官百数十人が奉迎申上げ錦絵そのままの絢爛さであったと云います。

兵部省の統轄に依った当時の編隊では、歩兵連隊が二大隊編成で9連隊、他に砲兵6隊、騎馬兵60騎となりましたが、フランス式もあればイギリス式もあり、またオランダ式やドイツ式もあるとういう具合で、これを指揮するにはひどく骨が折れたようです。

そこで御親閲前一ヶ月間ばかりは、将卒何れも汗を絞って調練演習が行われました。また各藩旧来の旗印は差止められ、10旒の連隊旗と、16旒の大隊旗が用いられました。

この連隊旗が後の軍旗の前身となり、日の丸を中心に16本の日の丸を放射した後の海軍旗と殆んど同形のものでありました。当時これを陸軍国旗章、俗に「御国旗」と呼びますが、ただしこれは単に連隊の目印という程度のもので、一般軍用物品と同様に取り扱われ、後の軍旗のように尊厳性は認められてはいません。

そこで1874年(明治7年)3月、初めて軍旗が親授せられ、同年12月2日、太政官布告を以て、正式に軍旗が制定されることになります。

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