- 2010年5月 6日 00:44
- 1865年(慶応元年)

中岡慎太郎
1865年(慶応元年)閏5月6日、土佐藩の中岡慎太郎が、西郷吉之助と会見ため鹿児島に赴きます。中岡がわざわざ西郷を訪ねたのは、実は大きな魂胆がありました。
彼はその前々月の4月の始め、京都の形勢を探ろうとして、上京してみて驚きます。というのは幕府が長州征伐再挙を謀りつつありと聞いて大いに憤慨し、直ちに大阪の薩摩屋敷に岩下佐次右衛門、伊地知正治、税所篤等の同志を訪ねて、この際、薩摩と長州の両藩は相協和して、幕府に立ち向かうべきだと痛論して、その場で同意を得ます。
彼等も
「それではただ今帰国中の西郷が、間もなく上京する筈であるから、その途中、馬関に立ち寄らせ、長州と手を握らしたら好かろう」
と相談一決、そこで中岡は時を逸せず、直ぐに薩摩へやって来たのでした。

西郷は中岡に薩長連合を説かれるまでもなく、早くからその必要を痛感していたが、果たして長州の方にその意があるや否や気にしていました。
しかし中岡の熱心な勧めに
「それでは兎に角、成る成らぬは別として一応当って見ずばなるまい」
というようになり、両人打連れて鹿児島を発ったのが、閏5月10日の事でした。
然るに同月18日、佐賀関に着いた時、上京中の大久保から急報で、「直ちに上京するよう」との書面を受取ったため、中岡との約束は止むなく後回しとなって「その中必ず役目を果す」と言って上京してしまいました。
中岡も西郷を信じていたので決して失望はしませんでした。そして翌月24日には坂本龍馬と二人で上京し、更に西郷と会して同説を強調するなど、彼の熱心な画策は着々と功を奏し、翌年の正月には目出度く薩長連合が成立するのでした。
Comments:1
- 中岡慎次郎 2010年8月 8日 12:11
中岡慎太郎の写真ですが、もしかして裏焼き?
襟と刀が逆みたい。



