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伊東玄朴の大手術

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1861年(文久元年)6月3日、蘭医伊東玄朴が、麻酔薬を用いて片脚切断の大手術をしたという記録があります。

江戸吉原の幇間桜川善孝の子の由次郎という若者が、脱疽を患って次第に重態となり、もう助からぬものと痛く悲観しているのに対し、玄朴は西洋医術から学び得た麻酔薬のクロフォルムを用い、この日右脚切断の思い切った大手術を行ないます。その経過は頗る良好で、やがて手術の傷も治って命を取止めたのでした。

既に命は無いものと覚悟して、寧ろ捨鉢の気味で手術を受けた本人にとって、玄朴先生こそは誠に命の恩人だと大喜びで、遭う人毎に、「この通りだ」と足をまくって見せます。

ある晩のこと、片脚のままで、そっと客席に侍り、左の足一本で舞を踊って見せて大喝采を浴びた。その時も、「膝をまくって見せろ、右足が無いというのは嘘だろう」と皆に言われた程に、彼の患部は立派に全癒していました。

伊東玄朴については、日本に種痘法を広めた医学界の大恩人であり、西洋医学所の創立者でもあります。『伊東玄朴伝』には、脱疽手術を以て我国最初の麻酔を用いた外科手術であったと述べられています。

しかし、実はそれより56年も前の1805年(文化2年)10月13日、漢方にも蘭方にも通じた医学者の華岡青洲が、藍屋利兵衛という人の母親で、60歳になる老婆の乳癌手術に、麻沸散を用いて成功したというのが、我国最初の麻酔薬に依る手術の記録だとされています。

世界医学史を参照してみても、西暦1846年に、ボストンの外科医モートンが、麻酔薬に依る脱疽の手術は特記せべきだとされていますが、伊東玄朴より僅か15年前、華岡青洲よりは、41年も後の事になります。

即ち日本に於ける麻酔薬利用の手術は早くから開けていたのは注目すべきことです。

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