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司馬遼太郎 Archive

司馬遼太郎記念館の壁紙発見

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「司馬遼太郎記念館」壁紙

偶然見つけました、「司馬遼太郎記念館」の壁紙です。(by 関西どっとコム

というわけで、さっそく設定してみました。

うーん、とても気に入りました。

おすすめです。

司馬遼太郎記念館

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河内小阪

本日は東大阪市にある司馬遼太郎記念館に行ってきました。

近鉄河内小阪駅を降りるとアーケード街に「司馬遼太郎記念館」の案内看板が見えます。そしてそのアーケード入り口に向かって、明るいオレンジの日傘に晴れやかな青の和服の女性。まるで司馬作品から抜け出たようです。


司馬遼太郎記念館

駅から10~12分歩くと安藤忠雄氏設計の記念館に到着します。


書斎

記念館に入ると、最初に目に入るのが司馬氏の書斎です。


回廊

この回廊の先を行くと、展示室があります。


竜馬がゆく展

ちょうど今は「竜馬がゆく展」を行っています。(これから先は撮影禁止となります。)


展示室に入ると、目に入るのが蔵書の数、数、数!
司馬氏の作品もさることながら、やはり目がいってしまうのは文献資料。今ではなかなか手に入らない文献が整然と書架に収められています。その高さ11メートル。そしてその数ざっと2万余冊。
(書斎がある自宅にはその他に4万余冊あり、合わせて6万余冊とのこと)

「竜馬がゆく展」で司馬氏の取材ノートを拝見。一見ごく普通の大学ノートですが、やはり中身はびっしりと書かれています。あと原稿の修正が赤鉛筆だけでなく青や緑と区別されて色分けされているのが印象に残りました。

でも、何よりも印象に残ったのは、館内のスタッフの方の優しく丁寧な応対。深々とおじきをするので恐縮してしまいました。ボランティアとのことですが、こんな素晴らしい方々にこの記念館は守られているのかと思うと、司馬氏も幸せだろうなと思います。

「坂の上の雲」と「竜馬がゆく」

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数ある司馬作品のなかで、「坂の上の雲」の作品の大きな特徴は、ほとんど女性が登場してこないことです。秋山好古の妻・多美との出会いや正岡子規の妹・律が何度かは登場しますが、けっこうあっさりと描かれています。

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10周忌 司馬遼太郎

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本日2月12日は、司馬遼太郎氏が亡くなられてから10周忌。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます 。

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豊田屋旅館(高崎市) 

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高崎の知人から手紙が届きました。
中に、「豊田屋」という旅館のパンフレットと5月16日の上毛新聞の紙面が入ってました。その中のコラム「三山春秋」のところを赤ペンでわざわざ大きく囲んでいましたので、さっそく目を通してみますと、

駅前旅館は昔から小説の舞台になることが多い。出会いと別れがあり、人生の哀歓が凝縮しているからに相違ない。JR高崎駅西口近くの豊田屋旅館。主人の語るエピソードはドラマのシーンのようでもある。24年前の夏の日、「ごめんください」と玄関の前に立つ白髪の紳士を見て、思わず目を疑った。

勘の良い方ならすでにおわかりかと思われますが、その白髪の紳士こそ司馬遼太郎氏です。

「部屋を見せてもらえませんか」。さっそく二階に案内すると、「あっ、ここだ」と懐かしそうに柱を何度となくさすった。

豊田屋旅館は明治12年に創業し、軍の定宿としても利用されたようです。
司馬氏も本土決戦要員として中国から引き揚げ、高崎15連隊との連絡役をしていた際に利用されたようで、講演で高崎市で訪れた際にこの宿のことを思い出し探されたようです。

この旅館は、閉館の危機ものり越え、現在も昔の姿のままで営業されているとのことです。司馬氏が泊まった「十番」の部屋も当時のままのこされているのだそうです。

時間が見つかったら、一度訪ねてみたいなと思います。

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