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秋山好古 Archive
秋山好古、誕生
Social Bookmarks:- 2010年1月 7日 01:15
- 1859年(安政6年) | 秋山好古
1859年(安政6年)1月7日、伊予松山藩士秋山平五郎の三男として秋山好古が誕生します。
後に陸軍に入り、日本の騎兵を育成し、日露戦争では秋山騎兵団を率いて史上最強と言われたコサック騎兵団と破るという大功を樹てた秋山好古も、生まれ頃はとてもひ弱な子供だったようです。
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秋山兄弟の母・貞逝去、その時、秋山好古は・・・
Social Bookmarks:- 2009年6月19日 00:07
- 1905年(明治38年) | 秋山好古
1905年(明治38年)6月19日、小説「坂の上の雲」の主人公である秋山兄弟の母・貞が、千葉県習志野の秋山好古邸で永眠しました。(享年79歳)
この時、秋山兄弟は日露戦争に出征していましたが、弟・真之は日本海海戦の後で佐世保に帰港していましたが、兄・好古は未だ中国の地にて守備に当っていました。
その李大人屯の部落に於ける秋山支隊司令部に、秋山貞子母堂の逝去を知らせる、一通の電報が届きました。その電報を、瞬きもせず見つめた好古は、傍にいる従卒の綿貫に、突然と訊ねます。
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秋山好古とヒンデンブルグ
Social Bookmarks:- 2008年6月28日 00:07
- 秋山好古
秋山好古の異名は「東洋のヒンデンブルグ」と呼ばれていました。
――たれもが騎兵を理解しない。
というなやみが、好古にある。
「騎兵の特質はなにか」
ということを、好古は後年、陸軍大学校で講義したとき、講義の最初にその命題をかかげ言いおわると、かたわらの窓ガラスを拳固でつきやぶった。
ガラスがみじんにくだけ、その破片が好古の手を傷つけ、血を噴きださせた。
ヒンデンブルグの相似形といわれたその顔つきをすこしも変えず、
「これだ」
といった。
秋山好古の顔たちが日本人離れしていて、ドイツの英雄ヒンデンブルグの形相に似ていたというところからそう呼ばれていたようですが、本日は、このヒンデンブルグについての逸話をご紹介したいと思います。
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秋山好古も大好き、本日「ビアホール開店」です
Social Bookmarks:- 2007年7月 4日 00:14
- 1899年(明治32年) | 秋山好古
1899年(明治32年)7月4日、ビアホールがはじめて登場しました。

日本麦酒株式会社が恵比寿ビールの宣伝を目的として、新橋に近い京橋区南金六町(現在の新橋駅近く、銀座八丁目)に煉瓦建のビアホールを開店しました。
「常に新鮮なる樽ビールを、氷室に貯蔵いたし置き、最も高尚優美に、一杯売仕候」との新聞広告を出しています。
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騎兵の天才、織田信長(桶狭間の戦)
Social Bookmarks:- 2007年5月19日 01:09
- 秋山好古

桶狭間古戦場
1560年(永禄3年)5月19日、尾張の織田信長が、駿河、遠江、三河を領する大大名、今川義元を桶狭間にて破ります。(桶狭間の戦)
武田信玄・北条氏康と同盟していた今川義元は、策略で奪った鳴海城支援のため、駿河・遠江・三河の三国の軍25000を率いて、5月12日駿府を発ちました。17日に沓掛城に到着した義元は、19日西に進軍します。
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秋山好古、絶体絶命の危機!(黒溝台の戦い)
Social Bookmarks:- 2007年1月25日 00:58
- 1905年(明治38年) | 秋山好古
1905年(明治38年)1月25日、ロシア軍は本格的な反攻作戦に転じ、日本軍最左翼に布陣する秋山好古支隊に襲いかかります。世に云う、黒溝台の戦いの始まりです。
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秋山好古のピストル
Social Bookmarks:- 2006年12月26日 00:15
- 1893年(明治26年) | 秋山好古
秋山好古は戦時でも軍刀を用いず、平時佩用する模造刀身の指揮刀を携行しました。そして、何よりも自決用のピストルをいつも首にぶら下げていました。
好古の本営は、廟であった。かれはテーブルの上にピストルと水筒をのせている。『坂の上の雲』(会戦)より
ピストルのひもが長く、首にぶらさげてあった。敵が司令部までやってくればこれで自分を撃つためのもので、この男の覚悟というのは、そに日常と同様、簡単明瞭であった。
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時代の要求を代表したるもの、福沢諭吉
Social Bookmarks:1834年(天保5年)12月12日、福沢諭吉が誕生します。
「秋山の兄さん、この世の中で」『坂の上の雲』(騎兵)より
と子規はきいた。
「だれがいちばんえらいとお思いぞな」
(中略)
「あしは会うたことがないが、いまの世間では福沢諭吉というひとがいちばんえらい」
と、好古は著書をいくつかあげていったがこの返事は真之にも子規にも意外であった。好古は軍人だから軍人の名をあげるかとおもったのである。
福沢諭吉が凄いのは、彼の出す本は"爆発的に売れる"ということです。
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秋山好古、陸軍大将となる
Social Bookmarks:- 2006年11月16日 00:41
- 秋山好古
1916年(大正5年)11月16日、秋山好古は陸軍大将となります。ついに軍令部における最高指揮官となりました。
この明治陸軍の階級を列記してみますと、
- 陸軍軍人とは将校より以下下士兵卒に至るまでの総称にしてかの如く大別す
将校 准士官 下士 兵卒- 将校は将官、上長官、士官の総称なり、但し上長官を一に佐官といい、士官を一に尉官という
- 将官とは大将、中将、少将をいう
- 上長官(佐官)とは大佐、中佐、少佐をいう
- 士官(尉官)とは大尉、中尉、少尉をいう
- 准士官とは特務曹長、砲兵及び工兵の上等工長、上等計手、楽長補をいう
- 下士とは曹長、軍曹、伍長、上等工長を除く外なる諸工長、看護長、計手、楽手をいう
- 相当官とは武官に相当する諸官にして経理部、衛生部、獣医部、軍楽部等の職員をいう、これに将官の相当官あり、上長官の相当官あり、士官の相当官あり
- 兵卒とは上等兵、一等兵、二等兵、輸卒、助卒、看護手、楽手補、楽生をいう
- 将校及び将校相当官は高等官、准士官及び下士は判人官、憲兵上等兵は判人官待遇なれども、他の科の上等兵及び一、二等卒は判人待遇にあらず
『入営必携騎兵学術通解』(明治38年)より
となります。
では、最高指揮官の大将に昇進するまでには、何年を必要とするのでしょうか?
秋山好古の官歴を拝見しますと、好古は1879年(明治12年)に陸軍士官学校騎兵科を卒業し少尉となります。当時21歳です。
それからの進級は下記の表となります。
| 進級 | 最下期限 | 秋山好古の場合 | ||
| 少尉から中尉 | 2年 | 1883年(25歳) | 中尉 | *4年を要す |
| 中尉から大尉 | 2年 | 1886年(28歳) | 大尉 | *3年を要す |
| 大尉から少佐 | 4年 | 1892年(34歳) | 少佐 | *6年を要す |
| 少佐から中佐 | 3年 | 1895年(37歳) | 中佐 | |
| 中佐から大佐 | 2年 | 1897年(39歳) | 大佐 | |
| 大佐から少将 | 2年 | 1902年(44歳) | 少将 | *5年を要す |
| 少将から中将 | 3年 | 1909年(51歳) | 中将 | *7年を要す |
| 中将から大将 | 定めない | 1916年(58歳) | 大将 | *7年を要す |
1887年から1891年にはフランスに留学しましたので進級が其の分だけ見送られています。また、日露戦争の奮戦にもかかわらず昇進が見送られているのがわかります。やはり薩長派閥でないと昇進は難しいといえます。
なお、中将から大将に進むには、歴戦者または功績特に顕著なる者に特旨をもって親任することになりますので最下期限を定めません。
親任とは、1886年(明治19年)の高等官官等棒給令に規定された勅任官のなかから、天皇の親任によって叙任されます。内閣総理大臣・各省大臣のほか、台湾総督と並び陸海軍大将は親任官となります。よって大将は最高級の官吏でもあります。
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ロシアが敗れた理由は、愛妻家だから?
Social Bookmarks:- 2006年9月 8日 23:59
- 秋山好古
日露戦争の勝因については多々ございますが、1903年(明治36年)に小笠原長生がロシアの艦長と対面した時に、艦長室にきれいな女の写真が飾ってあったので、艦長に向かって、
「大変これは美人ですね」
といったところ、ロシア艦長は非常に得意になって、
「それは私の妻と娘だ」
といった。
「こういう連中は一日も早く自分の帰ることを首を長くして待っている。だから戦争などということはおれは嫌いだ。今の海軍の戦争というものは残酷なもので、弾が一つ飛んでくると足が飛んだり腕が飛んだりしてしまう。もしそんなことがあって自分が怪我でもしたならばこの婦人どもは非常に歎くものだから、絶対に戦いなんかしたくはないね。」
ロシア人は毎日毎日手紙をやりとりして、妻のために戦いができないというような気分であったといいます。実は偵察も兼ねていた小笠原長生はこの時ロシアの士気の弱さを見抜いたといいます。
ところで日本はというと、
第二回万国平和会議(明治40年)の時に森山慶三郎が秋山好古に何かの話から
「秋山さんは出征中、奥さんに手紙をやったことがありますか」
ときいたところ、
「いや俺は一年半のあいだ一本もやらぬ」
と答えたといいます。
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秋山好古の赴任した愛知県師範学校
Social Bookmarks:- 2006年7月22日 23:18
- 秋山好古

当時18歳の秋山好古は歳を偽って師範学校の教員試験に合格し、そして「愛知県立名古屋師範学校付属小学校」に赴任します。
ということで、本日はこの「愛知県立名古屋師範学校址」を訪ねてみることにしました。
でも、当時と違って今の名古屋市でさっぱり場所がわかりません...
ならばということで、図書館に駆け込み調べてみました。沿革は下記の通りとなります。
- 明治6年12月、名古屋久屋町(現・久屋町1丁目)に「愛知県養成学校」を開校
- 明治7年年8月、法華寺町(現・東桜2丁目)に移転
- 明治9年8月、「愛知県師範学校」と改称
- 明治10年2月、本町1丁目(現・丸の内2丁目)に移転
- 明治19年8月、「愛知県尋常師範学校」と改称、武平町に移転
- 明治30年4月、東芳野町に移転、再び「愛知県師範学校」に改称
- 明治32年4月、「愛知県第一師範学校」と改称
- 昭和18年4月、「愛知第一師範学校」と改称
- 昭和24年5月、「愛知学芸大学」と改称
- 昭和41年4月、「愛知教育大学」と改称
- 昭和45年4月、刈谷市に移転
秋山好古が名古屋に赴任してきたのは明治9年7月で、そして翌年の3月には東京の陸軍士官学校に入校し名古屋を離れます。ということから秋山好古が赴任した「師範学校」は法華寺町(現・東桜2丁目)の地となります。
早速行ってみました。
しかし、1時間ぐらい探索にもかかわらず、結局はそれらしい址は見当たりませんでした。仕方ないので「法華寺町」の石碑を写真におさめることにしました。
まあ、秋山好古がこの地に来たことは確かですので、同じ空間を共有できたのは満足しています。
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秋山好古の給料
Social Bookmarks:- 2005年12月 6日 01:39
- 秋山好古
秋山好古の給料の変遷です。
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秋山好古校長先生
Social Bookmarks:- 2004年7月13日 15:04
- 秋山好古
大学を卒業して数年にもなるが、仕事も転勤が多いためその都度連絡先を知らせるのも面倒になり、いつの間にかそのままにしている。だから、大学が発行する卒業生向けの会報誌は実家に届くことになっており、今日はその会報誌が実家から届いた。
今回の内容は「創立80周年記念特集」という内容。
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