- 1904年2月11日
- 国民新聞
――二月十日水野芝罘領事発外務省着電――
英国汽船「コロンビヤ」号一等運転士は本官に告げて曰く、二月九日正午本船が旅順口を出港せんとする時十六隻より成れる日本の艦隊は旅順口外六哩の所にて露国軍艦と放火を交へてありし露艦の内、戦闘艦二隻(レトウイザン一ニ九〇ニ噸、ツェザレウイツチ一ニ九三七噸)巡洋艦一隻(バルラダ、六七三一噸)は同日午前七時日本の水雷に轟沈せられたるなりと。
正午には日本艦隊は各艦の間規則正しき距離を保ち居り更に損害を被らざりしものの如く見受けたりと云ふ。