- 1905年1月 7日
- 国民新聞
本日午前乃木将軍とステツセル将軍と水師営に於て会見したり。
ステツセル将軍は参謀長レース大佐及びマルチェンコ、レプレスコイ両中尉を率ゐ他に哥薩克兵護衛として之に従ひ午前十時三十分水師営着乃木将軍は伊地知参謀長角田、安原、松平の三大尉及び川上外務書記官を従へ十一時十五分着、両将軍の会見は頗る懇篤なるものにしてステツセル将軍口を極めて日本軍隊の勇敢と乃木将軍の不屈不撓の精神を激賞し、又露帝に対する電奏の送達を感謝し、最後に自己及部下将卒に対する日本皇帝陛下の寛大なる待遇を感謝したり。
会談中ステツセル将軍は乃木中尉及同少尉の戦死を聞き両眼に涙を湛へ、更らに乃木将軍が其の子二人まで国家のために戦死したるは父として悦ぶべき事なりと答ふるを聞き此精神こそ日本軍をして今日の如き比類なき名誉お位置に進ましめたるものなれと嘆賞したり。
会見終わりし後両将軍及両参謀長は午餐を供にし、食後ステツセル将軍は乃木将軍に対し己が乗用たる亜刺比亜産の駿馬を贈らんと申出でしに、乃木将軍は馬も軍器の一なりとて自ら之れを受くるを謝絶し更に軍隊の名義を以て之を受取りたり、自分に於て十分愛撫すべき事を約したり。
斯くてステツセル将軍は午後一時十五分旅順に帰りたり。